広島高等裁判所岡山支部 昭和29年(う)247号 判決 1954年11月16日
控訴人 被告人 大玉明太
弁護人 軸原憲一
検察官 志熊三郎
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人軸原憲一提出の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから之を茲に引用する。
控訴趣意第一点について
論旨は要するに原判決は重大な事実の誤認ないし法律の適用の誤をおかしている、即ち被告人はたまたま小型自動三輪車の補助席に乗せられたが該自動車の運行については被告人は毫も助手的義務を負うものではなく、従つて被告人は前方より来る人に対して特に注意しなければならぬものでもなく、又その際特別に自己の身体の動揺を来さないように注意すべき義務もなく更に運転手の過失による致死の結果に対する予見の可能性もなかつたのであるから被告人に対して原判決の如き特殊の注意義務を期待することは経験則に反するのみならず、被告人の身体の一部が自動車の動揺のために運転手の身体に触れる虞のあることは運転手たるものの正に心掛けて善処すべきものであつて、かかる重大な結果の発生は被告人においては実験上予測せられないものである。たとえ被告人の身体の動揺が運転手の高速度、酩酊並びに片手運転等重大な過失と競合して結果を発生せしめたとしても、右被告人の身体の動揺は因果関係を中断され被告人は責任を問わるべきものではないというにある。
なるほど被告人は運転者岡昭三の運転する小型自動三輪車に同乗はしたが、同人の助手ではなく単なる便乗者にすぎないものであるから小型自動三輪車の運行するについて業務上特別の注意義務を負担するものでないことは所論のとおりである。
然しながらこのような高速度の交通運輸に関する機関の単なる便乗者にすぎない者といえども不測の危険の発生を防止し安全なる運行を確保するため運転者の運転操作を妨害することのないよう注意すべきであることは社会生活上一般人に課せられた最少限度の注意義務であるといわなければならない。
之を本件について原判決の挙示する証拠に照らすと被告人は岡昭三と共に飲酒酩酊の上右小型自動三輪車に乗り、しかも岡は酩酊しているのにも拘らず道巾もさまで広くない(幅員約四、六米)曲折と凹凸の多い道路上を時速三十粁乃至四十粁の超スピードで運転するという無暴操縦を敢えてしていたものであることが認められる。
此のような状況を観察すると、危険此の上もなくそれ自体でも何時如何なる事故を惹起するかも知れないし、又若し通行人でもあるときは之に衝突するかも知れないという危険があることは何人も容易に予測し得るところであるから、単に便乗したにすぎない被告人といえども此処に思いをいたし少くともその運転操作に支障を来さないよう戒心を加え、特に原判示の如く前方から三名の婦人の歩行して来る姿を認めた場合に於ては小型自動三輪車が之等に接触することのないよう運転者をして正常な運転を確保せしめるため、補助席にある被告人としては特に車体に取付けてある取手その他の箇所を固く掴み腰を充分落ち着ける等して車の動揺によつて被告人の身体がたやすく揺れて運転者の身体又はハンドルに触れるなどして運転の妨げとならないよう注意すべきであるのに拘らず、原判決挙示の証拠によると、被告人は此の注意を怠り漫然として進行して原判示の事故現場に差しかかつた際、突然腰を浮かせ中腰になつて立上つたため、被告人の身体の一部が左ハンドルに触れ岡運転手の前記のような無暴操縦に加えて同運転手が左手をハンドルから放していたという過失と相俟つて左ハンドルを前方に押す結果となり該三輪車は突如右前方に転進し、同方向より歩行して来た前記三名の婦人の一団に後部車輪を激突せしめ、その中一名を死亡するに至らしめ、他の二名に傷害を負わしめたというのである。然して被告人が突然右のように中腰になつたことは、被告人が酔余三名の婦人をからかうためであつたか或は又三輪車の動揺のための偶然の結果であつたかはいずれとも判然し難いところではあるが少くともそれは不可抗力の結果であるとは認め難く被告人にして前記のように補助席にある者として当然に尽すべき注意義務を怠つていなかつたとしたならば此の結果は明かに防ぎ得たと認められるから被告人の過失の責任を免れることは出来ないものと認める。
更に又本件事故の発生は右のような被告人の過失と、岡運転手の過失とが競合した結果であることはいうまでもないところであるが、その根本は被告人の過失に基因しているわけであるからその間の因果関係は当然認め得べく、所論の如く中断ありとはいえない。
従つて原判決が被告人の過失を認めて有罪としたのは正当である。
その他記録を精査しても原判決には判決に影響を及ぼす虞のある事実の誤認その他の違法はない。
論旨は理由がない。
同第二点について
論旨は原判決の罰金五千円は重きにすぎるというのである。けれども近時高速度交通、運輸の機関による人命の損傷は頗る多く之等を運行するの業務に従事する者はもとより之に単に乗車する者といえども格段の注意を払い事故による無用且悲惨な犠牲の発生の防止に努むべきであることについては、特に強調さるべきである。
本件に於ては前段にも説示した如く、被告人は岡運転手と共に飲酒酩酊の上、同人の補助席に乗車し、しかも同運転手が前段説示の如き何人が見るとも危険此の上のない無暴運転をなしつつあつたのにも拘らず、之に何等の注意をも払わず漫然として進行していたため、遂に原判示の如き再び旧に復し得ない重大な結果を発生せしめたものであることを思えば、その責任は相当重く評価さるべきである。然しながら運転者岡昭三の前記無暴操縦並に記録にあらわれた諸般の情状を考慮するときは原審の量刑は相当であつて特に重きに過ぎるものとは認め難い。
論旨は採用し難い。
よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。
(裁判長判事 宮本誉志男 判事 浅野猛人 判事 則井登四郎)